Yacht America (ヨット・アメリカ 1851) その4

Pelican.jpg

ヨット・アメリカが出航した時は曇り空で、時折雲の切れ間から日が差す天気でした。
大きなペリカンが悠々と海を渡っているのが見えました。

沖合に出ると、ガイドのAlが「メキシコの領海にはいるので携帯電話に気をつけて。データ通信でお金が掛かるよ」と皆に言っていることが聞こえます。

EBBCO Fishing Ship

古風なトロール漁船とすれ違うと、既に21世紀に入って10年以上経っていることを忘れてしまいそうです。カモメ達が船上で休んでいるのもほっとする雰囲気を醸し出しています。この漁船はEveringham Bros.Bait Co所属の196トンの漁船EBBECOですが、なんと建造されたのは1945年の大ベテランです。

Whale Watch

船長の指示でフォアマストにボースンチェアがセットされ、見張り員がどんどん登っていきます。この辺は、近代的なクジラツアー船と異なり良い感じですね。操舵室から無線で僚船と連絡を取り合い、クジラがいるところに急行するホエール・ウォッチングとは全く違う趣旨です。

見張り員の存在を忘れたところ、頭上から「Whale Ahoy」の叫び声が聞こえてきました。

まだ遠方ですが、確かにクジラらしき息継ぎが見えます。

Whale First Sight

帆船ではなく、ホエール・ウォッチングの話になってしまいますが、もう少しクジラの話題を続けます。

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Yacht America (ヨット・アメリカ 1851) その3

America Bow View 1

サンディエゴの海洋博物館をじっくり堪能した後は、メイン・イベントであるヨット・アメリカの復元帆船によるホエール・ウオッチングです。

スター・オブ・インディアを見学していた時に、長男のTシャツ(クジラ柄)を見て声をかけてくれた海賊の格好をしたスタッフが、今度はヨット・アメリカに乗り込んできました。

America Capt

どこかで見たことがある顔です。

Captain Alと名乗り、「マスター・アンド・コマンダーの撮影でメキシコに数ヶ月いたことがある」と自己紹介をしたところで思い出しました。Al Sorkin、この映画にエキストラで出演しているだけではなく、Techical Advisorも努めたのでした。フレンドリーで、知識も豊富ですし、素晴らしいガイドです。

HMS RoseからHMS Surpriseの改造の過程が詳しく記載されたプレセンテーション資料内の写真の幾つかにAl Sorkinの名前が記されています。

America Gaffs

さて、ヨット・アメリカは海洋博物館の埠頭を出航すると、間もなく乗客に声が掛かり、フォアマストとメインマストのセールを上げる作業が始まります。掛け声に合わせて、皆でハリヤード(halyard)を引くとガフセールがスルスルと上がっていきます。

セイルを張ると、今度は子供達に声が掛かり、星条旗の掲揚式が行われます。
帆走状態に入ると定間隔で波が船体を洗う音が聞こえてきて、心地よい海風と相まって夢心地です。

America Gaff Sails

見上げると、きちっと張られた白いセイルが風を受けている様子が良く見えます。

クジラを見学するのは、2008年夏にメイン州のBoothbay Harbor以来です。メイン州で見たのは小さなミンク・クジラでしたが、今回はどんな種類のクジラが見られるのでしょうか。

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Yacht America (ヨット・アメリカ 1851) その2

America Rear View

上の写真は、サンディエゴ海洋博物館の埠頭に停泊している、ヨット・アメリカの復元帆船です。

1995年に建造されたこの復元帆船は、全長139ftなので、オリジナル船の101ft に比較するとかなり大型です。下の写真は、公式WEBから借用したものですが、なかなか美しい帆船です。

America full view

復元船を製作したのは、ニューヨーク州のSCARANO造船所です。この造船所では、マサチューセッツ州セーラムにある1797年のシップ型貿易帆船の復元船Friendship of Salemも建造されています。

復元帆船なので、オリジナル帆船の船形を完全に再現しているとは思いませんが、船体はLaminated cedar(成形杉材)で作られており、見事なチークの甲板、マホガニーの船上構造物、丸く囲まれた特徴のある操舵スペースとか雰囲気は最高です。

Amarica Wheel Space

復元船のヨット・アメリカは、Mr.America's Cupとして知られる伝説のスキッパーデニス・コナーの名前を冠したプログラムを運営する、NEXT LEVEL SAILINGが保有・維持しています。

さて、2012年夏にサンディエゴを訪れた際の大きなイベントは、この美しいヨット・アメリカの復元帆船に乗ることでした。次の記事からはこのスクーナーの詳細写真を紹介していきたいと思います。

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Yacht America (ヨット・アメリカ 1851) その1

Amrcia side mark

Yatch Americaは、たぶん史上一番有名なヨットでしょう。

現代に引き継がれるアメリカスカップの名前の由来になっているのは、当時ニューヨーク・ヨットクラブ(NYYC)に所属していた全長101ft(約30.86m)のスクーナーです。

1851に開催されたロンドン万博の期間中、Cowesを本拠にし1815年に設立された名門Royal Yacht Squadron(ロイヤル・ヨット・スコードン)が主催した、ワイト島を一周するヨットレースに、外国艇として唯一このYacht Americaが参戦しました。

スクーナー7隻、カッター8隻の合計15隻で争われたレースで、Ameriaは5番手と出遅れましたが、東岸の灯船と陸地の間を抜けるコースを取り一気に先行艇を抜き去り1位に躍り出ます。Americaはそのままの位置を保ち、ヴィクトリア女王が見守る中で勝利したのでした。ところで、観戦していたヴィクトリア女王は、アメリカ艇が一番と知って、「2番艇は誰?」と質問されたそうです。その回答は「There is no second, your Majesty(女王閣下、2番はないのです)」との名言として歴史に残っています。

1851 Race course

上の公式地図の東端のNAB LIGHTの内側をAmericaが通過したのですが、これはルール上問題がないとして後日競合艇からのクレームされましたが却下されています。因みに2番艇は、47トンのカッターAuroraでした。

Americaが獲得した100ギニー杯は(因みに、これは1848年に作られた何の変哲も無い水差し型の銀杯だそうです)、その後Yacht Americaが所属していたニューヨーク・ヨットクラブに「この銀杯の保持者は、いかなる国の挑戦を受ける義務がある」と記されたDeed of Giftと共に寄贈され、1983年にオーストラリア艇に敗れるまで、実に132年の長きに亘り米国内に留まったのでした。

Yacht America Old Photo

上は現存する数少ないYacht Americaの写真ですが、1851年のレースの時とは艤装が異なっているようです。このヨット(というかスクーナー)はその後、数奇な運命を辿ることになるのですが、これから何回かに分けてAmericaの記事を書いてみます。

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