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スーザン・コンスタント復元船(Susan Constant 1991 、バージニア州  ジェームズタウン、その3)

Susan Constant全景

現在バージニア州のジェームスタウン博物館に展示されているスーザン・コンスタントは、全長116ft(約35.4m)、デッキ長82ft(約25m)、全幅24ft(約7.3m)、マストの高さ95ft(約29m)、120トンのサイズです。

スーザン・コンスタントの復元船は2隻目です。最初の復元船は、アメリカ入植350年記念に合せ、1957年にバージニア州ノーフォークのCurtis-Dunn Marine Shipyardで製作され、その式典には英国のエリザベス女王も臨席され盛大に行われたそうです。

さて、2隻目の復元船(つまりスーザン・コンスタントⅢ?)は、上記した通り、 Allen C. Rawl, Incにより1991年に製作されました。この会社は造船所を経営しているわけではなさそうなので、造船家というべきでしょう。ここでは、現在デラウエア州の親善帆船であるKalmar Nyckelも建造されています。余談ですが、1638年、つまりヴァーサー号が沈没して10年後に、スウェーデンからアメリカに移民が開始されたことを初めて知りました。Kalmar Nyckelは300トン程で、メイフラワー、スーザン・コンスタントより大型の帆船です。

Susan Constant (6)船首構造

さて、この帆船の細部を見ていきます。上の写真はほぼ正面から船首を撮影したものです。ヘッドレール、フィギュアヘッドの形状が良く判ります。次はヘッドレールをフォアキャッスル(船首楼)から撮影した写真です。帆船模型のキットでよく省略・簡素化される船首の構造にはいつも注目してしまいます。

Susan Constant (7)船首構造(上)

下はフォアキャッスル(Forecastle、船首楼)の拡大写真です。時代考察がしっかりおこなわれたと思われる、ストックアンカー(錨)、キャットヘッドの構造、少し三角型の形状となっているデットアイに注目してみて下さい。

Susan Constant (5)船首楼

又、写真が増えて来てしまいました。船内の写真の紹介は次の記事にしたいと思います。

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スーザン・コンスタント(Susan Constant 1605、バージニア州ジェームズタウン その2)

Susan Constant (1)

最近、更新のペースがとても遅くなっています。また、2週間以上も間があいてしまいました。
これからはせめて週1回の更新を心掛けたいと思います。実は先週、1週間弱の休暇を頂き、インド洋に浮かぶ小島に行ってきました。この旅行記も別途書いてみたいと思います。

さて、ジェームズタウンの3隻の帆船の記事に戻ります。

スーザン・コンスタント(Susan Constant、或いはSarah Constantとも呼ばれていたそうです)は、ロンドンのテームズ川沿いの造船所で1605年頃に建造されたと伝えられている3本マストのガリオン船です。推定される大きさは、全長116ft(約35.4m)、120トンです。

北米の植民地建設を念頭として英国国王のジェームズ1世の勅令により、1606年4月10日にChartered company(勅許会社と訳されるらしい)であるThe Virginia Company(バージニア会社)が設立されました。このバージニア会社の中にVirginia Company of Plymouth(通称プリマス会社)とVirginia Company of London(通称ロンドン会社)の2つの組織が作られ、プリマス会社は北度38度から45度の間、ロンドン会社は北度34度から41度の間に互いに100マイル(160km)離れた場所に植民地を建設することが、英国の国王(!)より認められていました。当時の植民地主義は恐るべし、といった感じですが、1494年に、ローマ教皇の承認の元でスペインとポルトガルの間で締結された、世界を大胆にも2分割するトルデシャリス条約もありますので、当時の欧州諸国の常識からすると特に滅茶苦茶なことではないのかもしれませんが。

Susan Constant (2)

さて、バージニア会社は、スーザン・コンスタントに白羽の矢を立て、元々のオーナーであったColthurst,Dapper and Wheatly社からチャーターしました。そして、この時代のご多分に漏れず、私掠船で名を挙げたクリストファー・ニューポート(Captain Christopher Newport)がこの船の船長に指名されました。

1606年12月20日にスーザン・コンスタントを中心とする3艘の船団はロンドンを出航し、1607年2月にカナリア諸島で補給を行いつつ長い航海の末、1607年4月26日に、当時ケープ・ヘンリーと名付けられたチェサピーク湾(Chesapeake Bay)の入り口に上陸しました。ジェームズタウンに船団が到着したのは、1607年5月17日になっていました。スーザン・コンスタントは、この開拓地に最初の砦が造られてまもなく、1607年6月22日にゴットスピード(Godspeed)と共に英国に出航し、今度は短い航海で、1607年7月29日に英国のプリマスに到着しています。

スーザン・コンスタントはその後も数回に亘り、ジェームズタウンに補給品と新規入植者を運んだ記録が残っているそうです。その後、バージニア会社からColthurst,Dapper and Wheatly社に戻され、1615年の英国ブリストルから仏マルセイユ迄の航海が記録に残っているそうです。

前置きが長くなってしまいましたので、スーザン・コンスタントの復元船の詳細は次の記事から紹介したいと思います。

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ジェームズタウン(Jamestown 1607、バージニア州、その1)

Jamestown ships

ジェームズタウンは、アメリカの最初の恒久的な植民地です。1620年に入植が開始されたプリマスの方が日本では有名だと思いますが、ジェームズタウンをディズニーのアニメ映画『ポカホンタス』の舞台と解説した方が判りやすいかもしれません。無論、この記事では、ポカホンタスの逸話の真偽についての検証ではなく登場する帆船に焦点を当てます。

冒頭の写真は、バージニア州のジェームズタウン植民地博物館を訪れた2010年8月に撮影したものです。忠実に再現された16世紀末から17世紀初頭の木造帆船が3艘も停泊している姿はなかなか壮観です。

Jamestown ships (2)

マサチューセッツ州プリマスに係留されているメイフラワー号に比較すると知名度で劣りますが、1607年の航海で尤も大きい帆船だったスーザン・コンスタント号(Susan Constant)は、全長116ft、120トンとほぼメイフラワー号と同じようなサイズですが、復元されたレプリカ船の姿は堂々としたガリオン船です。

この博物館の中には、1610年~1614年のジェームズ要塞(James Fort)も再現されており、定期的に火縄銃(マスケット銃)の実射実演もあります。帆船を見ていて時折聞こえる銃声が気になっていたのですが、次の写真のような実演をしていました。重そうなマスケット銃を片手に解説していたオバサン(失礼)がおもむろに火薬袋から小さい包みを取り出し、歯で包みを空け、火縄から点火する勇ましい姿を見ることができます。木造の砦の内側から襲撃するインディアンを迎え撃つ姿で、ちょっと好戦的過ぎるような気もしますが、史実を伝えるには判りやすいと思います。

Gun Fire

それでは次の記事からは、バージニア州のState Quarter(50州25セント硬貨)の図柄にもなっている、スーザン・コンスタント、ゴッドスピード、ディスカバリーの3隻の復元帆船の詳細写真を紹介していきたいと思います。

virginia_state_quarter_lg.jpg

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