ハリファックス海事博物館(Maritime Museum of the Atlantic、   その2、HMS Tribune)

HMS Tribune 1797 Halifax Maitime

旅行に出かけるときは、いつも目的地に関連する本を鞄に入れていますが、ハリファックスに持っていく本を、オーブリー&マチュリン・シリーズにするか、あるいはトマス・キッド・シリーズにするかで迷いました。2009年夏の旅行では、ジュリアン・ストックウィン著のQuaterdeck(邦題:新任海尉出航せよ)を選び、メイン州のポートランドからノバスコシアに向かうCATフェリーの中で読んでいました。

物語の中で、64門艦のHMSテネイシャスがハリファックスに近づく場面が出てきます。航海長が艦長にハリファックスへの入港に際して水先案内人(PILOT)を起用することを勧めるシーンがあり、理由として「6ヶ月ほど前に34門艦フリゲートのHMSトリビューン(HMS Tribune)が遭難した」ことが語られています。

このHMS Tribuneの難破に関する展示を大西洋海事博物館で見つけました。冒頭の写真は、カメラのフラッシュがガラスに反射してしまっていますが、博物館の展示の一部です。

HMS Tribuneは、1796年6月8日に英国海軍の32門搭載のフリゲート艦HMSユニコーン(HMS Unicorn)が捕獲した元フランス海軍の36門搭載のフリゲート艦です。下に引用する絵は、この海戦を描いたもので、この博物館のコレクションです(上の展示の拡大写真です)。ちなみにHMS Unicornは、英国海軍で16世紀から現在に至るまで、10隻以上の軍艦に命名されている名前ですので、この船はコーレル社のキットHMS Unicornとは違う船ですし(想像ですが、コーレル社のキットは1748年に建造された9ポンド砲を搭載した28門フリゲート艦がベースと思います)、1824年に建造されて現存するLeda Classの46門搭載のHMS Unicornとも違います。1796年にLa Tributeを打ち破ったのは、1794年に英国チャッタム(Chatam)海軍工廠で建造されたPallas Classの5等級フリゲートです。32門艦ですが、搭載されているのは18ポンド長砲 x 26門、32ポンドカロネード砲 x 6門です。

HMS_Unicorn_and_Tribune 1796 2

改修され34門艦フリゲート艦として英国海軍に編入されたHMS Tribuneは、ケベック及びニューファンドランド船団の護衛艦として、1797年9月22日に英国を出航したのでした。航海長の経験を頼りに水先案内人を起用せずに、ハリファックス湾に接近したのですが、スラム・キャップ浅瀬(Thrum Cap shoal)で座礁してしまいました。大砲を捨てて喫水を浅くし、満潮で離礁したのですが、今後は舵を無くし制御不能となったまま、ハリファックス湾の入り口近くのヘーリング・コーブ(Herring Cove)の岩礁海岸に激突したのでした。1797年11月23日と真冬で、かつ夜間の遭難であったことから、ハリファックスの目と鼻の先にも拘わらず、なんと艦長以下の乗組員、乗客、約240人の内、救助されたのは僅か12人(14人の説もある)という大惨事でした。

HMS Tribuneが難破した場所は海岸の近くですので、冒頭の写真のシップ・ベル(時鐘)とか、下の写真のカロネード砲の32ポンドの砲弾とか、右端に写っているキャンドル・スタンドとか様々な遺品が博物館に展示されています。

HMS Tribune 32 pdr shot 1797 Halifax Maitime

又、事故の話になってしまいましたが、ノバスコシア付近では、1583年から1999年に間に約25,000件の海難事故があったと推測され、内、5,000件の海難事故現場が大西洋海事博物館関連のサイトである海難事故データベースに登録されています。

このデータベースは、ノバスコシア沖の約300kmに位置し、大西洋の墓場(Graveyard of the Atlantic)と称されるセーブル島(Sable Island)での遭難を含みますが、このあたりはグランドバンクス(Grand Banks)の漁場に近く、多くの帆走漁船の遭難も記録されています。

これで海難事件の話題は終わりにして、次の記事では博物館の他の展示物を見ていきます。

テーマ : 帆船紀行 - ジャンル : 旅行

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