USSオリンピア (USS OLYMPIA 1892、Independence Seaport Museum その2)

USS Olympia (3)

防護巡洋艦(Protected Csuiser)とは、19世紀末頃に存在し、装甲巡洋艦(Armored Cruiser)に移管する過渡期の艦船だそうです。下の艦舷の格子窓のように、軍艦にしては幾分のどかな雰囲気を持っています。

USS Olympia (2)

USS OLYMPIAは、1892年にサンフランシスコのユニオン造船所(Union Iron Works)で進水し、1895年に就役しています。全長344.1ft(約105m)、全幅53ft(16.5m)、5,586トンと長さは、直ぐ隣に停泊しているMoshuluよりちょっと全長が短いほどです。武装は8インチ砲4門、5インチ砲10門等々に加え、魚雷発射管も装備されているそうなので、USS Olympiaが活躍した時代からほんの数十年前迄現役であった木造帆走軍艦とは隔世の感があります。但し、ブリッジの操舵室は見事に磨かれたマホガニー製で、舵輪もクラシカルな雰囲気でした。

USS Olympia (6)

外装は鋼鉄製の軍艦ですが、艦内に入ると帆走軍艦を彷彿させる、水兵のハンモックが目に入ります。リペット打ちの天井フレーム、内壁は木造フリゲート艦と全く違う趣ですが、帆走軍艦から機走軍艦の過渡期のような雰囲気があります。

USS Olympia (5)

この19世紀末の巡洋艦を一躍有名にしたのは、ジョージ・デューイ艦隊司令官(Commodore George Dewey)のアジア艦隊(Asiatic Squadron)の旗艦として、1898年5月1日のマニラ湾海戦(Battle of Manira Bay)でスペインのアジア艦隊を壊滅させた史実でしょう。USS Olympiaの船上に、次のようなプレートが掲げてありました。

USS Olympia (8) May 1, 1898

帆船の話題から脱線してしまいますが、USS Olympiaではかなり多くの写真を撮影しましたので、次の記事でマニラ湾海戦を含め、もう少しこの歴史的な船について触れたいと思います。

テーマ : 帆船紀行 - ジャンル : 旅行

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