ペキン(PEKING 1911、NYC South Street Seaport、その2)

Peking 2

Pekingを見学するには、先ずSouth Street Seaport Museumでチケットを購入する必要があります。Pier 17に係留されたこの大型の4本マスト・バーク型帆船は、大変な賑わいのSouth Street Seaportに係留されているのですが、船上には見学者もいなく、大きなオブジェのような存在でした。PekingはPier 17の観光写真の背景に必ず収まるのでしょうが、穿った見方からもしれませんが、誰もさほど興味を持っていないようでした。

Peking 5 from Stern

Pekingは、ドイツ・ハンブルクのBlohm & Voss造船所で1911年に建造されました。Blohm & Voss造船所では、 サグレス(NRP Sagres Ⅲ)イーグル(USCGC Eagle)も建造されています。

Peking 6 Figure Head

Pekingはクルゼンシュテェルンの記事で書いたように、4隻だけ現存するFlyging P-Linerの1隻です。同じく1911年に建造された姉妹船のPassatは、10年ほど前にドイツを旅行中にTravemundeで出会っていますので、Padua(現クルゼンシュテェルン)を含めて3隻を訪れたことになります。但しPassatの写真はネガフィルムで撮影したので、現在手元になく、残念乍ら写真での比較ができませんが。

Pekingは全長377.6ft(約115m)、船幅は45.7ft(約13.89m)、3,150トンの鋼鉄製帆船で1926年に建造されたクルゼンシュテェルン(Padua)とほぼ同じ寸法です。Pekingには、Paduaの建造時と同じくスクリューはついていません。搭載されている内燃機関はウインチ稼動用の小型なものだけで、純粋な帆走貨物船です。

Peking Wheel

Pekingの船上には、博物館の係員である初老の男性以外は誰もいませんでした。この係員も愛想よく『何でも聞いてくれ』と声を掛けてくれましたが、Pekingの帆船としても最後の航海について質問してみたところ、『ちょっと判らないなー、船内の展示室に詳しい船歴があるよ』との反応でした。船内のパネルの説明によると、Pekingはパナマ運河が開通したことにより時代遅れになり1932年に引退。その後、英国のShaftesbury Homes and Arethusa Training Ship Companyに引き取られ、H.M.S Arethusaと改名され英国の青少年の教育船として使われました。英国から米国NYCに渡ったのは1975年。タグボートに引かれ大西洋を横断し、それ以降この場所に係留されているそうです。

照りつける日差しの中、一人で後部甲板を歩き回っていると、なにか足元が揺れている錯覚に陥りました。Pekingは微動だにしない筈で、船尾から見えるスクーナーのPioneerの2本のマストが、イースト川に波が立つ度に派手に上下していたからかもしれませんが、Pekingを文字通り一人占めしていると、なにかPekingに乗船して航海をしているような不思議な感覚に襲われました。

Peking Window Grass

Pekingの甲板には、ネズミ色に塗られ、色褪せたベニア板が張り詰めてあり、甲板材が見えません。あるいは剥がしてしまったのでしょうか?手摺も、ウインチもすべて錆びており、お世辞にも保存状態が良いとは言えません。
中央のブリッジに上がると、唯一そこだけは甲板材が残っており、又、明りとりのハッチの模様の入った透かしガラスも残されており、往年の姿が垣間見れました。

Pekingは1911年2月25日に進水していますので、ちょうど100歳になります。一見したところ、建造100周年に合わせたレストアがされるような雰囲気はありませんでしたが、来年2月にどのような誕生日を迎えるのでしょうか。

テーマ : 帆船紀行 - ジャンル : 旅行

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