クルゼンシュテェルン(Kruzenshtern, ex-Padua 1926)

Kruzensthern 1

クルゼンシュテェルンは、Flying P-Linerの最後の帆船です。

Flying P-Linerは、ドイツ・ハンブルクで1824年に創設されたF. Laeisz商会(当時は帽子の生産、特に南米向け販売)が1857年から本格的に海運事業に参入した際の帆走輸送船団の通称です。F.Laeisz Shipping Companyは、1926年迄に累計86隻の帆船を保有・運用し、その内の66隻には『P』から始まる名前が付けられていました。主な航路は南米のチリから南米最南端のケープ・ホーンをまわり、ドイツに硝石(硝酸ナトリウム、爆薬の原料)を輸送するルートであり、まさにP-Linesの帆船船団はケープ・ホーナー(Cape Horner)でした。これがクルゼンシュテェルンがLast Cape Hornerと云われる由縁です。

クルゼンシュテェルンの建造時の名前は、パドゥア(PADUA)で、F. Laeisz Shipping Companyが発注した最後の帆船です。F. Laeisz Shipping Companyは、現在もドイツの大手海運輸送会社として世界中で活動しています(ホームページに詳しい社歴が掲載されていて面白いです。http://www.laeisz.de/en/index.html)。FLの旗で有名ですね)

FL Flag

合計66隻のFlying P-Linerの内、次の4隻が現存していますが、現役で帆走しているのはクルゼンシュテェルン(PADUA)の1隻だけです。

(1)PASSAT (1911年) ドイツのリューベックの近郊のTravemundeで保存。
(2)PEKING(1911年) ニューヨークのSouth Street Seaportで保存。
(3)POMMERN(1903年) フィンランドのMariehamnで保存。
(4)PADUA(1926年) 戦後ソ連に戦利品として渡り、クルゼンシュテェルンと改名され活動中。 

PADUAが建造されたのは、ブレーマーハーフェン(Bremerhaven)近郊のGeestemundeのJohann C. Tecklenborg造船所です。因みに上記のPASSATとPEKINGは同じ設計によりハンブルクのBlohm & Voss造船所で建造されました。POMMERNは、1903年に英国グラスゴーのJ. Reid & Co造船所で建造されています。皆、4本マストのバーク型帆船です。

クルゼンシュテェルンは、全長376ft(114.4m)、全幅46ft(14.02m)、高さ168.3ft(51.3m)、4,700トンと、現役の帆走練習船として、ロシアのセドフ(Sedov)に次いで、2番目に大きい帆船です(Sedovの全長は117.5mなので、ほとんど同じ大きさですが)。今回ハリファックスで船上を見学することが出来ましたが、とても大きい船でした。甲板には、バミューダ沖の嵐で破損したマストとヤードが置かれていましたが、この長さも大変なものです。

Kruzensthern 甲板

下はハリファックスのPier 23に接岸している姿です。PADUAには1926年の建造当時は内燃機関は付いていませんでした。鋼鉄製ながら純粋な帆走輸送船として、風頼りにこのような大きな船が航海していたのはすごいことだと思います。PADUAは、第二次世界大戦の戦利品としてドイツからソ連に譲渡され、クルゼンシュテェルンと改名されました。1961年迄クロンシュタット港( Kronstadt、現在のサンクト・ペテルブルク近郊)に係留され、ここで大規模な改修工事を受けました。この際に舶用エンジンを初めて設置したそうです。クルゼンシュテェルンは、現在はロシア連邦バルト海漁業アカデミー(State Baltic Academy Fisheries)に所属しており、母港はバルト海に面するカリーニングラードです。

参考迄にPADUAとしての帆走記録は次の通りです。

1)1933-34年:ハンブルクからオースラリアPort Lincoln迄、67日間で到達。
2)1938-39年:ハンブルク‐チリ‐オーストラリア‐ハンブルグの世界周回航海を8ヶ月と23日で達成(帆船としての世界記録です)

Kruzensthern 全景

ネズミ返しも中々ユーモラスな感じのデザインです。舵輪は海風に晒され塗装が剥げています。中々雰囲気がありますが、『ちゃんとニスを塗って磨いて大事にしろよ』とツッコミたくもなります。とは言いながら、ロシア人の若い船員、というか実習生が、一人ひとり船上をちゃんと案内してくれてサービスは満点でした。拙い英語で一生懸命に説明してくれるので思わず『ロシア語でいいよ』って言ってしまいました。久しぶりのロシア語の会話でしたが、ハリファックスでロシア語を話すのは、なんとも不思議な感じでした。

Kruzensthern ネズミ返し  Kruzensthern 舵輪

テーマ : 帆船紀行 - ジャンル : 旅行

コメント
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する