La Gloireについて(その3、1795年、HMS Astraeaとの遭遇戦)

La Gloire vs HMS Astrea 1795

この絵は英国ロンドン近郊のグリニッチ(Greenwich)のある国立海洋博物館(National Maritime Museum)の所蔵品で、Thamas Whitcome(1760~1824)が描いたものです。 

1795年4月10日、コルポイス提督(海軍少将)指揮下の戦列艦5隻、フリゲート艦3隻の海峡艦隊(Channel Fleet)は、濃霧に紛れて封鎖突破を目論んでいると思われる、3隻のフランス艦らしき帆影を視認。Henry Powlett(Paulet)艦長の32門フリゲート艦アストレア号(HMS Astraea)が追跡したところ、その1隻のフランス海軍のフリゲート艦と遭遇しました。相手は42門搭載のグロリア号(英語読みです。La Gloire、Beens艦長)でした。アストレア号とグロリア号が互いに砲撃を開始したのは18:00頃。22:30頃には両艦が接近し、58分間の激しい砲撃、戦闘の後にグロリア号は旗を降ろし降伏しました。アストレア号は、メイン・トップマストを打ち倒され、他のトップマストも大きな損傷を受けましたが、戦死者はなく負傷8名。片やグロリア号は40名の死傷者を出しています。

手元に1795年4月13日にPowlett艦長が記載し、海軍官報に掲載された報告書のコピーがあります(印刷が不明瞭で読みづらいですが、簡潔で纏まっており報告書のお手本的な文章)。この報告書では、グロリア号はメインデッキに12ポンド砲を26門搭載、クオーターデッキに6ポンド砲を10問、更に36ポンドカロネード砲を4門搭載、それにフォアキャッスルに6ポンド砲を2門搭載となっており、合計で42門艦と記載されています。又、乗組員は合計で275人と報告されています。片やアストレア号は、32門艦でこの戦闘時の乗組員は212人でしたので、劣勢の英国側が完全に勝利した好例といえるでしょう。当時は、装備、将兵の数が劣る英国海軍がそれを凌駕する敵を打ち負かせて当然との風潮(精神論?)があったそうですが、戦う側としては堪ったものでありませんね。

因みにPowlett艦長は、この戦闘により海軍勲章(Naval Gold Medal)を授与されています。これは後にシャノン号のブローク艦長に授与されたものと同じ勲章です。又、Powlett艦長は、その後セント・ビンセント沖の海戦、コペンハーゲン海戦等にも参戦しており、最終職位はVice Admiral(海軍中将)、1815年にバス勲章を下賜されています。

さてグロリア号ですが、12ポンド砲をメインデッキに26門並べており、基本設計は34門艦なのでしょうが、1795年の戦闘時はかなりの過積載ですね。この海戦時にはカロネード砲が搭載されていたと記載されておりますので(1778年の建造当時はカロネード砲は存在しないが)、Mamoli社のキットにあるカロネード砲は全く根拠がないものではないことが判りました。しかし、戦闘当時の姿を再現するのであれば、クオーターデッキの片側に7門の砲門を開ける必要があります。模型ではキット通りに片側に3門の砲門しか開けませんでしたが、さすがにこれを作り直すのは止めます。

La Gloireは1795年に英国海軍に捕獲された後、HMS Gloireとして登録されておりますが、1802年に売却処分となっています。

ところで、HMS Astraeaの艦歴はどうなっているのでしょうか?

HMS Astraeaは1781年7月21日にEast CowesのRobert Fabianの造船所で進水。約700トン、ガンデッキ長が126フィート、32門艦の当時の典型的な5等級フリゲート艦です。

Capture_of_the_South_Carolina.jpg

La Gloireを捕獲する前に、既に1782年12月20日に、北米艦隊の僚艦HMS Diomade(44門搭載の2層フリゲート艦)及びHMS Quebec(HMS Astraeaと同じ5等級のフリゲート艦)と共に、アメリカの超大型フリゲート艦South Carolinaを捕獲しています。また大きく脱線しますが、このSouth Carolinaは、元々フランス海軍のL'Indienとして1778年(La Gloireと同じ年)にアムステルダムで進水しています。本来74門艦として建造が開始されましたが、途中でフリゲート艦に設計を変更したこともあり、ガンデッキにはスウェーデン製の36ポンド砲(!)を28門搭載する超弩級のフリゲート艦でした(建造後に改造されたのではなく、建造中に設計を変更した例です)。因みにこのSouth Carolinaはコンスティテューション号を建造する際に参考にされたそうです。

South Carolinaは、サウス・キャロライナ州の海軍組織であるSouth Carolina Navyに属しておりました。しかしこのフリゲート艦は、ルクセンブルク公爵が3年間の傭船契約を行なっており、敵国船捕獲の場合は捕獲金額の25%をルクセンブルク公爵に支払う契約があったそうです。現在でいえば投資家と同じですね。尚、South Carolina Navyは、大陸海軍(Continental Navy)とは別にアメリカ独立戦争時に組織されていたらしいですが、調べるといろいろな史実が判り面白いです。

テーマ : 帆船模型 - ジャンル : 趣味・実用

コメント
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する