USS Constitution 1797 (その4、船首構造について)

USS Constitution Stem 2

現在のコンスティテューションの船首部分は、美しさより、力強さを感じるデザインです。この船首部分の構造、デザインも過去210年の間に何度も変更され、色々な逸話が残っています。

1797年の建造当時は、ヘラクレス(Hercules)像のフィギュアヘッド(船首像)だったそうです。ところがコンスティテューション号は、地中海で1804年9月12日に僚艦の44門搭載のフリゲート艦プレジデント号(USS President)と接触事故を起こし、ジブブームと共に船首像も修復不能なほど破損してしまいました。マルタ島での補修の際に、代わりの船首像は取り付けられず、「Billet Head」と呼ばれるデザイン(現在と似ているがシンプルなデザインだったらしい)に変更されました。

1812年にHMSゲリエールとHMSジャバとの遭遇戦を連続して制したときのBillet Headのデザインは下の左の絵の通りであったようです。ちょっと判りずらいですが、渦巻き状の装飾がなく、トレイルボードの先端が2分割されているデザインです。

Constitution Billet Head 1812    USS Constitution FH OH No.1      USS Constitution FH OH No.2

その後、1834年に当時のボストン海軍工廠の長官(Commander of the Boston Navy Yard)であった、エリオット艦長(Captain Jesse Duncan Elliot)が、個人的に崇拝する当時のジャクソン大統領(Andrew Jackson、愛称オールド・ヒッコリー、任期:1829年~1837、第2次英米戦争の英雄ですが、同時に「インディアン移住法」を制定した人種差別主義者で有名ですね。彼は南部州の利益を代表する存在でした)の等身大の船首像を発注して取り付ける事案が発生しました。ジャクソン大統領の船首像を取り付けることが、(当時からリベラルな)ボストン市民の反感を買うのは明らかですね。そもそも上記(中央)のように品がない(失礼)彫刻であったからなおさらです。

余談ですが、エリオット艦長はオーブリー・シリーズの第6巻「Fortune of the war」でも語られる1807年6月22日に発生したレパード号事件に脇役として関与しています。当時チェサピーク号(USS Chesapeake)にはバロン艦長(James Barron)の下でMr.Elliotも乗艦していました。Mr.Ellottは、1810年4月に海尉(Lieutenant)に昇格していますので、当時は士官候補生だったのかもしれません。因みにバロン艦長は、後日軍法会議で「レパード号との遭遇時に戦闘の準備を怠った罪」により5年間の無給判決を受けています。バロン艦長はこの軍法会議で評議官務めた、バーバリ戦争の勇者、ディケーター艦長(Stephen Decatur)に怨みを持ち続け1820年に決闘を申し込みました。ピストルによる決闘の末ディケーター艦長は瀕死の重傷を負い数日後に死亡しています。この決闘の際に、バロン艦長の介添人を務めたのがエリオット艦長でした。

エリオット海尉(当時)は、1813年のエリー湖の戦い(Battle of Lake Erie)に参戦したことが尤も有名ですが、乗艦のブリッグ・ナイアガラ号(USS Niagara)は、9月10日の戦闘の重要な局面で旗艦のローレンス号( USS Lawrence、オリヴァー・ハザード・ペリー提督)に遅れを取り、ローレンス号がイギリス側に徹底的に叩かれることとなりました。この戦闘は結果的にアメリカ側の大勝利で終わりましたが、エリオット海尉の行動が後日議論の的になりました。エリオット海尉は1818年に艦長(Captain)に昇格しています。これも余談ですが、ナイアガラ号は、1820年に沈船となりましたが1913年に引き揚げられ船体の一部を使い再建されています(http://www.eriemaritimemuseum.org/flagship_niagara/)。

話しをコンスティテューションに戻します。1834年3月21日に取り付けられたジャクソン大統領の船首像は、ボストンの商船の船長であったSamuel Worthington Deweyが同年7月2日に船首像の頭を切り取る事件が発生。現代では不法侵入と器物破損罪ですが、当時は「英雄的行為」として大変にもて囃されたそうです。その後、今度はちゃんとした彫刻家によるジャクソン大統領の船首像が取り付けられ(上の写真の右端)、1871年~76年の大改修迄使用されたそうです。

USS Constitution False Rail

船首部分で力強い印象を与えているのがFalse Rail(どう訳していいのか判りません。ヘッドレールの上部を覆っているカバー)だと思いますが、これは1804年のマルタ島での補修の際に取り付けられたと記録されています。僕はこのカバーの有無で優雅に感じるか否かが分かれるのではと考えています。HMS Roseのレプリカを改造したサープライズ号(HMS Surprise)のレプリカの船首構造と比較すると判り易いと思います(因みにこの写真は僕が撮影したものではありません。WEBの画像検索から)。サープライズ号のクラシカルな船首部分のデザインは美しいですね。

HMS Surprise Head Rail

2008年夏にコンスティテューションを訪問した時に撮影した写真は数多くありますが、キリがないのでこの辺でひとまず記事を止めようと思います。

テーマ : 帆船紀行 - ジャンル : 旅行

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