Friendship of Salem (1797年のレプリカ船)

original frindship of salem 1797

Friendshipは、1797年にマサチューセッツ州のセーラムで建造された342トンのシップ型商船です。同じ場所で、Friendshipを建造した造船技師Enos Briggsが2年後の1799年にU.S.S Essexを建造しています(こちらは850トンの32門フリゲート艦)。

この船の紹介の中で、「East Indiaman」との言葉が頻繁に使われておりますが、これはイギリス東・西インド会社、オランダ東・西インド会社(いわゆる国策会社)とは違い、純粋にアジアと貿易をおこなっていた会社であったことからこの呼称となっているものと想像します。因みにFriendshipの当時の所有者としてセーラムの商人のJerathmiel PeirceとAaron Waiteの名前が残っています。

Friendshipは、広東、バタビア(現ジャカルタ)からマドラスを経由して、ロンドン、ハンブルグ、更にはサンクト・ペテルブルグにも寄港、世界周航を含め15回もの航海をおこないました。East Indiamanとしての最後の航海はアルハンゲリ(現在の露、アルハンゲリスク)からの帰路。1812年9月5日、FriendshipはH.M.S Rosamond(英国スループ艦)に拿捕されました。いくつかの文献には、第2次英米戦争(War of 1812)の開戦(1812年6月)の事実をFriendshipの船長が知らないままに英国海軍のスループ艦に遭遇し拿捕されたと記載されております。Friendshipの末路は、1813年3月17日にロンドンで行われた競売で売却されてから途絶えています。H.M.S Rosamondの艦長以下は結構な捕獲賞金を得たと思いますが、セーラムの商人の視点から見たら、拿捕されて、勝手に売却されて、堪ったものではありませんね。

ところが英国側の視点から見ると、セ-ラムは当時有数な貿易港であると同時に、独立戦争当時からアメリカ屈指の私掠船の本拠でしたので、お互い様との見方もあるかもしれません。私掠船の基地というと、オーブリー・シリーズの第12巻レター・オブ・マークに登場する仮想の港町、シェルマーストンを想像します(Kumikoさんの素晴らしいブログをご参照ください。http://www002.upp.so-net.ne.jp/kumiko-meru/lom_frame.htm)。当時のセーラムは貿易で財を成した豪商が華麗な自宅を競い、大変に活気に満ちていたのでしょう。

さて、オリジナルのFriendshipが建造されてから約200年後の1998年に、Friendshipのレプリカがニューヨーク、AlbanyのScarano造船所(Scarano Boat Inc)で建造されました。2008年の夏、Gloucester(グロスター)からボストンへの帰路、夜の7時過ぎ乍らまだ薄日が残るセーラムのMaritime National Historic Siteを訪れてみました。この時間ですので船内の見学はできませんでしたが、見事に再現された18世紀の帆走商船をゆっくり眺めながら、Newburyport - Essex - Gloucester -Salemを訪れた長い夏の一日を締め括りました。

  Friendship of Salam (1) July 2008   Friendship of Salam (2) July 2008  Friendship of Salam (3) July 2008

Frienship of Salem

テーマ : 帆船紀行 - ジャンル : 旅行

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