海賊の島(Frégate Island 2011、その2、Olivier Levasseurの伝説【前編】)

Museum (Model Ship)

Frégate IslandのVillaのターンダウンサービスの際、ベットサイドにチョコレートと共に短冊サイズの紙に印刷された短文が置かれます。その日の読み物は、「Olivier Levasseur(オリヴィエ・ルヴァスール)の財宝」でした。

冒頭の写真は、Frégate Islandの小さな博物館の展示品である帆船模型です。フランスのJEAN BOUDRIOT著のルカン (1750年)の図面を元に製作されたと思われる、地中海のジーベックの帆船模型ですので、1700年代の初めのインド洋の海賊船とは違う船型でしょうか、なかなかの雰囲気があります。

17~18世紀の海賊というと反射的にカリブ海を想像しますが、カリブの海賊の拠点であった悪名高きジャマイカのPort Royal(ポート・ロイヤル)が1692年6月2日の大地震により壊滅したころから衰退し、1718年11月22日に、通称黒ひげとして恐れられたエドワード・ティーチ(Edward Teach)が英国海軍に追い詰められ殺害されたところで、カリブの海賊の全盛期は終わりを告げました。

ちなみに、黒ひげの旗艦であった「クイーン・アンズ・リベンジ(Queen Anne's Revenge)」 の残骸が1996年にノースカロライナ州のBeaufortで発見され、今も発掘調査作業が進んでいます。今年の6月の錨が引き揚げられたニュースは記憶に新しいとおもいます。

下の写真はこれも、Frégate Islandの私設博物館に展示してあった色々な時代の「ピース・オブ・エイト(8リアル銀貨)」です。八銀貨の響きは宝島、そしてツバメ号とアマゾン号のフリント船長のオウムを彷彿させます。

Museum (Piece of eight)

さて話をオリヴィエ・ルヴァスールに戻します。ルヴァスールは1688年頃にフランスのカレー(Calais)の裕福な家庭に生まれました。フランス海軍の士官としてキャリアを積んだ後、スペイン継承戦争(The War of the Spanish Succession)の頃、太陽王(Roi-Soleil)と称せられたルイ14世から、敵国船拿捕免許(Letter of Marque)を得て、私掠船を率いてカリブ戦線に参加したのでした。ところが、ルヴァスールは、スペイン継承戦争の講和の後にフランスには帰還せず、なんと英国出身の海賊ベンジャミン・ホーニゴールド(Benjamin Hornigold)の傘下に入り、本当の海賊になったのでした。

実はルヴァスールと黒ひげは、1717年頃迄、共にベンジャミン・ホーニゴールドの下にいたそうです。さて、黒ひげは上記した通り、1718年に最期を迎えるのですが、ルヴァスールは拠点をインド洋に移し、1730年まで各国の東インド会社の財宝船を狙う海賊稼業を続けます。

ルヴァスールはインド洋でマダガスカル島付近のセント・マリー島(Île Sainte-Marie)を拠点にし、英国出身の海賊John Taylorとアイルランド出身の海賊Edward Englandと組んでいました。因みにこの3人が共同でLaccadive Islands(ラクシャディープ諸島)を略奪した際の戦利金の分配を巡って、或いは別の説によると、英国東インド会社の貿易船カサンドラ(Casandra)を襲った際の、James Macrae船長の処遇を巡り対立し、Edward Englandは、モーリシャス島に置き去りの刑を科せられ1720年頃に死亡したそうです。

話が横道に逸れますが、James Macrae船長は勇敢に海賊船と戦い、一旦撤退した後に、正装をして海賊の元に現れ、積荷の弁償を申し出た強者です。その後、Macrae船長は海賊達が残し破船同様となったEdward England船長の乗船Fancyを修理してボンベイに辿り着き、その功労を称えられマドラスの総督に上り詰めたそうです。

Museum (チェスト)

上の写真は、Frégate Islandの私設博物館に置いてあった説明もなく時代も不明なチェストです。この博物館の記事は追って書きたいと思いますが、色々な物が説明無しに展示してあり、想像を膨らませるのは最高の場所でした。

ルヴァスールの絶頂期は1721年に訪れます。

ルヴァスールはジョン・テイラーと共に、レユニオン島近くで航行不能になっていたポルトガルのガリオン船Nossa Senhora do Cabo(英訳すると、Our Lady of the Capeとなるそうです)を捕獲しました。Nossa Senhora do Caboは72門搭載船でしたが、嵐の中で沈没を免れる為に全ての大砲を海に捨てており、いとも簡単に海賊達に捕獲されてしまいました。

Nossa Senhora do Caboは、ゴアのサンタ・カタリーナ大聖堂の聖物であった純金にダイヤモンド、ルビー、エメラルドが散りばめられたゴアの十字架(Cross of Goa)を含む膨大な財宝をポルトガルに輸送する途上でした。

長くなりましたので、ルヴァスールの伝説は次の記事に続けます。

テーマ : 帆船紀行 - ジャンル : 旅行

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