スーザン・コンスタント(Susan Constant 1605、バージニア州ジェームズタウン その2)

Susan Constant (1)

最近、更新のペースがとても遅くなっています。また、2週間以上も間があいてしまいました。
これからはせめて週1回の更新を心掛けたいと思います。実は先週、1週間弱の休暇を頂き、インド洋に浮かぶ小島に行ってきました。この旅行記も別途書いてみたいと思います。

さて、ジェームズタウンの3隻の帆船の記事に戻ります。

スーザン・コンスタント(Susan Constant、或いはSarah Constantとも呼ばれていたそうです)は、ロンドンのテームズ川沿いの造船所で1605年頃に建造されたと伝えられている3本マストのガリオン船です。推定される大きさは、全長116ft(約35.4m)、120トンです。

北米の植民地建設を念頭として英国国王のジェームズ1世の勅令により、1606年4月10日にChartered company(勅許会社と訳されるらしい)であるThe Virginia Company(バージニア会社)が設立されました。このバージニア会社の中にVirginia Company of Plymouth(通称プリマス会社)とVirginia Company of London(通称ロンドン会社)の2つの組織が作られ、プリマス会社は北度38度から45度の間、ロンドン会社は北度34度から41度の間に互いに100マイル(160km)離れた場所に植民地を建設することが、英国の国王(!)より認められていました。当時の植民地主義は恐るべし、といった感じですが、1494年に、ローマ教皇の承認の元でスペインとポルトガルの間で締結された、世界を大胆にも2分割するトルデシャリス条約もありますので、当時の欧州諸国の常識からすると特に滅茶苦茶なことではないのかもしれませんが。

Susan Constant (2)

さて、バージニア会社は、スーザン・コンスタントに白羽の矢を立て、元々のオーナーであったColthurst,Dapper and Wheatly社からチャーターしました。そして、この時代のご多分に漏れず、私掠船で名を挙げたクリストファー・ニューポート(Captain Christopher Newport)がこの船の船長に指名されました。

1606年12月20日にスーザン・コンスタントを中心とする3艘の船団はロンドンを出航し、1607年2月にカナリア諸島で補給を行いつつ長い航海の末、1607年4月26日に、当時ケープ・ヘンリーと名付けられたチェサピーク湾(Chesapeake Bay)の入り口に上陸しました。ジェームズタウンに船団が到着したのは、1607年5月17日になっていました。スーザン・コンスタントは、この開拓地に最初の砦が造られてまもなく、1607年6月22日にゴットスピード(Godspeed)と共に英国に出航し、今度は短い航海で、1607年7月29日に英国のプリマスに到着しています。

スーザン・コンスタントはその後も数回に亘り、ジェームズタウンに補給品と新規入植者を運んだ記録が残っているそうです。その後、バージニア会社からColthurst,Dapper and Wheatly社に戻され、1615年の英国ブリストルから仏マルセイユ迄の航海が記録に残っているそうです。

前置きが長くなってしまいましたので、スーザン・コンスタントの復元船の詳細は次の記事から紹介したいと思います。

テーマ : 帆船紀行 - ジャンル : 旅行

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