アフ・チャップマン (Af Chapman, ex- Dunboyne) 1888

Af Champan 1982

先日帰国した時に、昔ネガフィルムで撮影した帆船の写真を何枚か持ってきました。
裏に1982年4月9日撮影と書かれたプリントをスキャンしたのが冒頭の写真です。

僕が人生で始めた対面した帆船が、北欧の美しい都市ストックホルムに佇むこの3本マスト・フルリグドシップ型帆船でした。32年前に現像したプリントなので、カラー写真なのですが、すこしセピア色に変色しています。

4月なのにうっすらと雪化粧の風景がスウェーデンらしいです。1980年〜1982年に掛けて何回かストックホルムを訪れたのですが、毎回このAf ChampanとVASA博物館を訪れるのを楽しみにしていました。

子供時代の当時、Af Champanを眺めながら想像していたのは、もちろん愛読書アーサー・ランサム著の帆船物語の場面だった筈です。懐かしくなって、手元にある古びた
ヤマネコ号の冒険 (アーサー・ランサム全集 (3))のページを捲ってみると、記憶通りに第17章「貿易風」の一文が目に入ります。「そしてある朝、空があかるんで星が消え、太陽が船尾のかなたにあがった時、いっしょに組んで当直に立っていたフリント船長とナンシイは、完全帆装した三本マストの帆船がとほうもない帆の重みにたえながら、はるか前方の水平線上を北西にむかっているのが見えた(岩波書店、1968年、岩田欣三訳、原文通り)」。

Af Chapman 1900

上の写真は1900年頃に撮影されたAf Champanの帆走する姿です。「ヤマネコ号の冒険」ではビーターダックが語っているように、スカイスルまで上げたアメリカの快速帆船が描写されているのですが、ヤマネコ号の冒険の時代(1929年の冬にウォーカー家とブラケット家の子供達が創作した?)には、クリッパーの全盛期は終わっていた筈です。因みにこの物語の主人公のピーターダックは、1868年に建造されたクリッパー帆船サーモピレー(Thermopylae)にも乗ったことがあると語っています。サーモピレーがティークリッパーとして活躍したのは1869年〜1881年まで、その後1889年までウールクリッパーに転身しています。

Dunboyne 1888

上の絵は、Af Chapmanの建造時の名称であったDunboyneを描いたものです。丸みを帯びた船尾部分が今のAf Champanと同じですが、船体は黒色に塗装されていて精悍な感じです。

Dunboyneは、1888年に英国中西部のWhitehavenのWhitehaven Shipping Coで建造されました。オレゴン州ポートランドへの処女航海の後、オーストラリア航路に就航。1889年6月5日にシドニー港に入港した記録が残っています。

GD Kennedy

1908年にこの帆船は、ノルウェーの船主に売却され、G.D Kennedyと改名されています。上に引用した写真は、この時代に撮影されたものと思われます。

1915年にはスウェーデンの船主Transatlanticが購入。その後、1924年にスウェーデン海軍が買い上げ、Af Champanと改名したのでした。Af Chapmanの最後の航海は1934年9月27日だそうです。

無論、Af Chapmanは、スウェーデン海軍の提督(Vice Admiral)であり、造船技師であったFredrik Henrik af Chapmanに因んだものです。チャップマンの帆船図面集は、帆船模型マニアでもおなじみですね。
Architectura Navalis Mercatoria: The Classic of Eighteenth-Century Naval Architecture (Dover Maritime)

Af Chapmanは、1949年から帆船ホテルとして使われており、2008年に大掛かりな改修もされているようですので、そのうち泊まってみたいと思っていましたが、相部屋のユースホステルなので今では少し辛いかもしれません。僕が最後にストックホルムを訪れたのは1994年ですからもう20年も前のことなのですね。

テーマ : 帆船紀行 - ジャンル : 旅行