コンステレーション(USS Constellation 1854、その9 艦歴について)

USS Constellation at Italy WEB

絵葉書からの引用ですが、この絵は1862年にナポリをベースに活動したイタリア人の海洋画家Tomaso de Simone(1805-1888)が描いたものです。

USSコンステレーションは、その1で書いたように、ヴァージニア州のノーフォークの海軍工廠で1854年に進水し、1855年7月28日に就役しました。

USSコンステレーションは就役後直ぐに、アメリカ海軍地中海艦隊に編入し、Charles H. Bell艦長の指揮下、1858年4月17日までの約3年間、地中海での哨戒業務に従事しました。その後、1859年6月にアメリカ海軍アフリカ戦隊(African Squadron)の旗艦として再就役し、奴隷船2隻を拿捕する戦果を上げています。1861年4月の南北戦争勃発に伴い、北軍(Union Navy)に所属したコンステレーションは早速1861年5月21日に、サウス・カロライナ州の奴隷船Tritonを捕獲しています。これは北軍による最初のアメリカ連合国の船舶の捕獲だそうです。

1862年から1864年に掛けて地中海方面での哨戒活動を実施。冒頭の絵画は、ナポリに寄港した際に描かれたものだと思います。この時期は南北戦争中であったことから、特にアメリカ連合国側の通商妨害業務、さらに1864年11末からはバージニア州ハンプトン・ローズ(Hampton Roads )を拠点に海上封鎖業務にあたりました。因みにここは1862年に史上初めての蒸気装甲艦同士のハンプトン・ローズ海戦が行われたところで、アメリカ連合国海軍の装甲艦バージニアが、合衆国海軍の50門搭載の大型木造フルゲート艦USSカンバーランド (USS Cumberland)を衝角で撃沈した場所です。

この時点で既にコンスレテーションは(就役から10年しか経っていないにも拘わらず)、時代遅れの木造帆走スループ艦となっており、1865年1月には乗組員をペイオフ、南北戦争の終結時(1865年4月)にはノーフォークにて新兵受入艦(Receiving Ship)になっていたのでした。

その後、コンステレーションは1871年に再就役して士官候補生の練習艦として活躍します。1878年には、アメリカからパリ万博(Exposition Universelle de Paris 1878)への出展品をUSSコンスティテューションと共に輸送しています。1893年のジブラルタルへの航海がコンスレテーションの最後の帆走となりました。この写真は公式WEBから引用したものですが、この19世紀末に撮影されたものでしょうか?

USS Constellation under the sail

1894年5月にコンステレーションはロードアイランド(Rhode Island)州のNewportに移され、ここでは係留されたままの練習艦として1920年迄使われました。1900年にEdison Manufacturing Co(発明家トーマス・エジソンが設立した会社ですね)が撮影したセイル・ドリルの動画が残っており興味深いです。

1920年以降、アメリカ海軍がセイル・ドリルによる水兵教育を中断したので、それからコンステレーションは、1926年からはフィラデルフィアで保存されていたUSSオリンピアと並んで係留されたり、又、ニューポートに戻ったりと流浪生活に入り、とうとう1933年6月13日に海軍リストから除籍する決定が下されたのでした。この際に、記念艦として保存する為の費用の積算等もされていたにも拘わらず、きな臭い世界の動きの中で(1933年にはナチス・ドイツが政権についていますね)、コンステレーションの処遇は棚上げされました。

そして、第二次世界大戦中の1940年8月24日にUSSコンステレーションは再就役し、1941年5月21日にアメリカ海軍大西洋艦隊の総司令官(Commander-in-Chief of the U.S. Atlantic Fleet)のErnest J. King提督の旗艦として就役旗を揚げたのでした。その後もE.Ingersoll提督(海軍中将)の旗艦となり、断続的に1944年迄アメリカ海軍に象徴的存在としてUSSコンスレーションには将官旗が翻っていました。

第二次世界大戦後、1946年にコンステレーションはボストンの海軍工廠に移されましたが、結局予算不足(!)により満足な修復ができないまま、ちょうど就役から100年後の1955年にアメリカ海軍の艦船リストから除籍されました。

USSコンステレーションの戦歴を見ると、33回の海戦を経験して不敗神話を作ったUSSコンスティテューションと比較すると地味な感じは否めませんが、現存する最後の帆走スループ艦として、とても大事にされているようなので嬉しいですね。

USS Constellation at Baltimore Final

これでUSSコンステレーションの記事は終わりにします。

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コンステレーション(USS Constellation 1854、その8 艦尾構造)

USS Constellation (37) 艦尾全景 2

艦尾は曲線を描いており優雅な印象を受けます。4箇所の艦尾窓(内部は艦長居住区になっています)は、現在は純粋な窓になっていますが、本来は砲門を兼ねていたものと思われます。下はコンステレーションに併設されている博物館の模型の写真です。より実戦的な感じですね。

USS Constellation (35) 艦尾模型

ここでも1946年にボストンの海軍工廠で撮影されたコンステレーションの写真を引用してみますが、この時点では上下に開く砲門は撤去されています。

USS Constellation at Boston (1)

次はクォーター・ギャラりーの構造です。模型作りの過程でキットの金属部品を廃し、このクォーター・ギャラリーを自作しようとした場合、その造作に悩むところですが、今回はかなり詳しく観察しましたので、撮影した写真と共に紹介したいと思います。

USS Constellation (38) クォーター・ギャラリー

クォーター・ギャラリーの上部は銅板で覆われていました。丁度、屋根を葺くのと同じ感じです。ガラスも長方形ではなく、斜めになっており一部台形型です。正確に表現しようとすると大変そうです。

そして模型作りで尤も悩む(?)クォーター・ギャラリーの下部の拡大写真が下です。こちらは木製で外板の張り方(縦張り)が参考になります。綺麗に船体の曲線に合わせるのは至難の業のような気がします。

USS Constellation (39) クオーター・ギャラリー下部構造

最後にラダー(舵)の取り付け部分の拡大写真を添付します。ラダー・チェーンの取廻しが参考になります。ただし、ラダーの上部の鉄板(?)による防護方法はどの時代から不明ですが、上記引用した1946年当時の写真には似たような円形の防護版が取り付けられています。欧米の博物館に展示してある、18世紀~19世紀初頭のフリゲート艦の模型を見ると、この部分は革とか布で覆われていたと記憶しておりますが、戦闘時に損傷すると致命的となる部分ですので、金属板による防護の必然性は理解できます。ところで、ラダーの喪失を防ぐチェーンのラダーへの取り付け方法は、18世紀とほぼ同じだと思います。

USS Constellation (40) ラダー上部構造

またとてもマニアックな記事になってしまいました。コンステレーションの記事を(その1)から見直してみたら、この最後の帆走木造スループ艦の経歴について殆ど触れていないことに気がつきましたので、次の記事はコンステレーションの艦歴を中心に書こうと思います。

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コンステレーション(USS Constellation 1854、その7 艦首構造)

USS Constellation (31) 艦首1

コンステレーションの艦首正面から撮影した写真です。現在の姿のUSSコンスティテューションの艦首に比較しても更にシンプルな構造で、もはやアッパーチークニーの上にはヘッドレールは存在しません。強いて言えば、アッパーレールと直線的なファルスレール(False Rail)が一体になっていると云えなくもありませんが、海洋小説で馴染みがある18世紀末の優雅なフリゲート艦、スループ艦の艦首構造と隔世の感があります。強度的には間違いなく進化しているのでしょうが、美しさはないですね。

USS Constellation (32) 艦首2

唯一装飾が残っているのは、ビークヘッド (激突艦首)からフィギュアヘッドに掛けての彫刻程度です。この唐草模様は、1999年に完工したコンステレーションの大改修工事直後は金色に塗られていた写真が残っておりますが、現在は上のような感じです。下の写真は1946年にボストン港で撮影されたものだそうですが、白黒写真からも唐草模様が金色に輝いているのが判ります。そういえば、1946年当時は、喫水線の下にちゃんと銅板も張られているのが確認できます。1996年~1999年の改修工事では銅板張りも省略されているようです。

USS Constellation at Boston (2) 1946

フィギュアヘッドは、伝統的な(?)Billet Headデサインで見事な彫刻です。金色に塗るともっと引き立つのではないかと思いますが。

USS Constellation (33) Figurehead

(フラッシュデッキなので想像上の)フォアキャッスルから船首部分を見下ろしたのが下の写真です。船首部分の構造が判ります。ヘッドティンバーは外からは見えませんが存在しています。写真の上の方に見えるのは八角形のバウスプリットの付け根です。

USS Constellation (34) 船首上部

また写真が増えてしまったので、艦尾構造については次の記事にします。

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コンステレーション(USS Constellation 1854、その6 スパー・デッキ)

USS Constellation (24)  Spar Deck -2

コンスレテーションのスパー・デッキ(Spar Deck)は、船首と船尾に1門づつの大砲があるだけで、船首から艦尾まで通しのフラッシュ・デッキなのでガランとした雰囲気です。19世紀初旬までのスループ艦では、このフラッシュ・デッキに砲門が並んでいた筈ですが、19世紀の後半に最後の純粋な帆走軍艦として建造され、ガン・デッキとスパー・デッキを有するコンステレーションは帆走スループ艦の最終型なのでしょう。冒頭の写真は船尾方向から撮影したものです。

USSコンスティテューションのようなグループ毎の見学ではないので、好きなだけコンステレーションの艦上にいられますので、じっくりと艤装を観察することが出来ました。

先ずは舵輪です。オリジナルの舵輪は併設している小さな博物館で展示されており、艦上の舵輪は復元されたものです。上の写真は舵輪軸に巻かれ、ティラーに接続されているロープが見える構図で撮影してみました。ロープはしっかり舵輪軸に7回巻かれており定石通りです。
USS Constellation (26) 舵輪

次は採光窓(明りとり)です。枠の組み合わせ方が模型作りの参考になります(といっても小さい縮尺の模型では再現は困難ですが)。ガラス窓を保護している鉄格子は、思ったより華奢で径1cm程度でしたので、1/50の模型だと、0.2mmとなりますので、殆どのキットの部品はデフォルメされていることが判ります。ちなみに背景に写っているのは、何故か甲板に降ろされている、ミズン・トゲンスル・ヤード(Mizzen Topgallant Yard)と、キャプスタン・バーです。

USS Constellation (27) 明かりとり

船首付近を歩くとなにか不自然な感じがしました。良く見ると甲板材の処理が左右で異なります。右側は、定石通りにマージンプランクが張ってあり、甲板材の先端はニビング(Nibbing)されています。ニビングの拡大写真も添付します。何故か左側は、ウォーター・ウェイまで甲板材が張られています。何故このような違いがあるのか良く判りません。

USS Constellation Deck Arrangement

USS Constellation (30) ニブリング

次はリギングに関するさらにマニアックな写真になります。先ずはミズンマストのシュラウド末端の処理方法。デッドアイにシュラウドは直接巻かれていません。ちなみにシュラウドは、しっかりとサービングがされています。
サービングは、ワーミングの後に、パーセリングを行い、更に細いヤーンを全体に巻く作業ですので、これを模型で再現すると大変そうです。

USS Constellation (28) ラットライン処理

ついでに、マスト付け根のクリートを撮影した写真も添付します。良く見ると、ステー(支索)にワーミング(ロープの撚り目に、細いヤーンを入れて巻く方法)がされています。ワーミング、サービングは、帆船模型の中でも、特にスケール・モデルを製作されている方には一般的な技法かもしれませんが、考えただけでも眩暈がしそうです。

USS Constellation (25) マスト・クリート

最後の極めつけの写真は、ロープの末端の処理方法です。これは帆船模型では、余程縮尺が大きな模型でないと再現できないと思いますが。

USS Constellation (29) ロープ先端処理

今回は特に帆船模型作成を意識したマニアックな写真を多く添付してしまいました。次の記事では、コンステレーションの外装、特に船首部分と艦尾構造を記事にしたいと思います。

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コンステレーション(USS Constellation 1854、その5 バース・デッキ)

USS Constellation (19) Wardroom

バース・デッキの後方に位置するのは、士官居住区(Wardroom)です。ガンデッキと違い、(新鮮な空気が入る)砲門はありませんし、艦尾の窓もありません。薄暗く、ちょっと息苦しい感じがします。冒頭の写真の左端の円形の筒はミズンマストです。

士官サロンを取り囲むように、上級士官の個室が並んでいます。但し、艦長居住区とは異なり、2畳程度でしょうか?気の毒なほどの大きさです。部屋のサイズは、Executive Officer(副長)でも、Surgeon(軍医)でも、Fifth Lieutenant(5等海尉)でも殆ど同じでしたが、よく比較すると多少の違いがあります。5等海尉の部屋は、丸窓が隠れており、特に薄暗く、太い梁が邪魔そうです。下の写真は軍医の部屋(上)と5等海尉の部屋(下)です。

ポート・サイド(左舷)の上級士官の個室(10室)の配置は、艦尾からみて(1)Chaplain(従軍牧師)、(2)Marine Lieutenant(海兵隊中尉)、(3)Surgeon(軍医)、(4)Paymaster(主計長)、(5)Master(航海長)の順番です。無論、スターボート・サイド(右舷)は、副長、2等海尉、3等海尉、4等海尉、5等海尉の順です。やはり従軍牧師が一番良い部屋割りとなっているところが興味深かったです。オーブリー・シリーズでも公式晩餐の際に従軍牧師を艦長の隣に座らせる場面がありましたね。

USS Constellation (20) Surgeons room

USS Constellation (21) 5th Lieutenant room

軍医というと、直ぐにオーブリー・シリーズのスティーブン・マチュリンを想像してしまいます。ドクター・マチュリンもこんな感じの部屋で寝起きしていたのでしょうか。HMSサープライズは、28門搭載の小型フリゲートで、重量は600トン弱でしたので、1,400トンのコンステレーションよりかなり小型です。Wardroomももっと狭かったと思いますし、そういえば、ベットは固定式ではなく、吊り下げ式の寝台(コット)だったと思いますが。

ちなみにWardroomを出ると、バース・デッキには次の写真のような水兵のハンモックが吊られています。2畳程度の個室があるだけでも贅沢なのかもしれません。

USS Constellation (22)  Barth Deck

バース・デッキ(Berth Deck)、オーロップ(Olrop、最下甲板)に長く居ると(といっても数十分程度ですが)外の空気が恋しくなります。ガン・デッキを駆け上がり、次の記事ではスパー・デッキの様子について書いてみたいと思います。

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